2010年2月25日木曜日

総動員歌

(今回の投稿は中国の動画サイトの動画をいくつか貼ったのですが、YouTubeとかと違ってサーバーが気まぐれで表示されなかったりするので、もしなかなか出なかったらリンク先に飛んで動画をご覧下さい)

実は2月上旬、シンガポールに10日間ほど滞在してきたわけなのですが、まさか北緯1度のこの街で朝鮮音楽ネタと巡り会うとは思わなかった。というのは、朝鮮の革命歌劇「血の海」の挿入歌である「総動員歌」とメロディをほぼ同じくする中国語の歌を、10日間の滞在中に3回も耳にしたのだ。しかも、それは現代の西側ポップ音楽風にアレンジされているのである。

1度目はチャイナタウンにて、旧正月の飾りを売っている商店の店内BGMとして。
2度目は新しいショッピングモールの店内BGM。
3度目は、旧正月で賑わうブギスにて、繁華街の真ん中に設置された特設ステージで女性の歌手が歌っているのを。
(残念ながらいずれも録音しそびれてしまった…)

それで、日本に帰ってからこの中国語の「総動員歌」についてインターネットで色々調べてみたのが、言語の壁もあって有力な情報を見つけることはできず、結局あの歌の正体はわからず仕舞い…。なのですが、「総動員歌」と同じメロディの音楽が中国にも存在しているということ、そして中国のそれと朝鮮の「総動員歌」は由来を一にしているということを突き止めるには至りました。

まぁ、そのへんのことは後で詳しく説明するとして、まずは「総動員歌」の紹介から。
総動員歌 歌詞和訳

行こう 行こう 戦いへ行こう
勇敢な気勢をもって さあ早く行こう
帝国主義の軍閥どもは 死を催促して
強奪や虐殺を 容赦なく行う

やってくる やってくる 革命がやってくる
革命の気勢は 世界中を覆った
金のない労働者は 鎚を担いで出て
土地のない農民は 鎌を担いで出よ

ご飯を炊くお姉さんは 包丁を持って出て
文章を読むお兄さんは 本を持って出よ
アジアの無産者 ヨーロッパの労働者
全世界の労働者 総動員せよ

立てよう 立てよう 人民の主権を
赤旗掲げ 我らの主権を立てよう
地主野郎の土地と 走狗野郎の財産を
革命主権の下で ことごとく分けよう





▲「総動員歌」。

こんな歌です。以前、朝鮮児童音楽第2集のアコーディオン演奏をアップしました。

まぁ、それで、シンガポールで聞いたこの「総動員歌」にそっくりな中国語の歌についてインターネットで情報を集めてみたわけです。中国語で「総動員歌 朝鮮」と検索して、まず行き着いたのが「老知青之家」(老いた知識青年の家、ということらしい)のフォーラム。中国語わからないので機械翻訳を頼りに議論の流れを追ってみると、まずトピック主が楽譜(中国式の数字譜)を示して「学校にいた頃に覚えたこの舞曲の題名を教えて欲しい」と尋ねている。これに対するレスとして
  • 「それは《朋友舞》という、50年代の集団舞曲である」
  • 「その曲を朝鮮のラジオ放送で聞いたことがある」
  • 「この舞曲は《邀请舞》という。東欧の民間舞曲なのではないだろうか。1955年に出版された《中国唱片歌曲选》のP378に、単に“集体舞曲”として収録されている」
  • 「この曲は純粋なる朝鮮音楽である!曲名:フルラリ
  • 「この舞曲は朝鮮歌劇《血の海》にも取り入れられていて、《総動員歌》と呼ばれている。」

という証言が飛び出たあと、誰かが朝鮮国立交響楽団の「総動員歌」へのリンクを貼って、みなさん納得してらっしゃる、という感じのようだ。(違ったらすみません)
ちなみに「フルラリ」の名前が挙がってるけど、これはたぶん何かの勘違いじゃないかな?あの中国式数字譜が読めないので何とも言えないが。

さて、上記のやり取りで名前が出た「朋友舞」と「邀请舞」だが、前者については中国の動画サイトなどで検索してもそれらしいのは見つからなかった。一方で、後者の「邀请舞」については(「邀请」とは「招く」という意味らしい)、こんな動画が見つかった。

[ 教育 ] 手风琴练习曲——邀请舞曲


はい。明らかに「総動員歌」です

もう一つ。これの一番最後。

盛开的樱花、溜冰圆舞曲、邀请舞曲



同じく「総動員歌」にそっくりのメロディーを中国の少年がアコーディオンで演奏しています。どうやら「邀请舞曲」はアコーディオンの練習曲として、中国で弾き継がれている模様。


さて、次に「邀请舞曲」をキーワードに調査を続けると、中国共産党機関誌の一つである『光明日報』の記事「《找朋友》舞曲はハンガリーから来た」に行き当たった。さっきと同じ要領で機械翻訳を頼りに解読してみると、どうやら1949年にハンガリーのブダペストで開催された第2回青年学生式典で踊られた舞曲を、中国の代表団が持ち帰り、それが《邀请舞》ということらしい。さらに、どう記事はこんなような意味だと思われる記述があった。
中央民族楽団の離職休養中の幹部で、有名な笛の演奏家である王铁锤は、《找朋友》と旋律を同じくする舞曲を、彼が17歳の時にハンガリーでの親睦行事で踊ったことがあると話す。また王铁锤は記者に話す、この曲の活発で楽しげな旋律は彼の印象にとても深く残り、帰国した後に、金日成の若い頃を描いた朝鮮の劇映画の中にこれを発見し、その中で40年代初期に朝鮮人達がこの歌にあわせて集団で踊っていたという。

この「朝鮮の劇映画」が「血の海」のことであるというは間違いないでしょう。

ただ腑に落ちないのが、この《找朋友》(友を探す)という歌を聞いてみても、残念ながら「総動員歌」とは似ても似つかないのである。もしかしたら違う歌なのだろうか。

校园集体舞 找朋友


うーん ここに来て歯車が狂ってしまった感があるが、それでも「総動員歌」のルーツがハンガリーのフォークダンスである、というはかなり説得力がある。

ハンガリーのフォークダンスって、例えばこんなのです。



確かに音楽の雰囲気は「総動員歌」に似てる。


まぁ、そういうわけで、ここまでの調査により中国の「邀请舞」=朝鮮の「総動員歌」である、そしてそのルーツはハンガリーのフォークダンスにあるらしい、ということまではわかった。もっとも、ハンガリーから朝鮮に伝わって総動員歌になった経緯、そして何より、私がシンガポールで聞いたあの現代風の中国語総動員歌は何だったのか、という肝心な点は解明するに至らなかった。それでも、前者については中国のケースと同様の経緯でハンガリーから伝わったか、あるいは中国経由で朝鮮に伝わったかであろうことが推測できるし、後者についても「邀请舞(找朋友?)」が何らかの経緯で現代風にアレンジされたんだろうということまではわかった。

中国の集団舞踊に関係する資料とかをあたってみようと思うので、また新しい情報が入ったら書くことにしますね。

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2011/05/08 動画を差し替え
2012/07/18 「血の海」の動画を追加
 
(^q^)